マイケル・マクドナルド

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マイケル・マクドナルド(Michael McDonald)1952年アメリカ・ミズーリ州生

70年代初めにセッションミュージシャンとして活動を始め、スティーリー・ダンのバックボーカルなどに参加する。1975年ドゥービー・ブラザーズに加入し、独特の歌声が人気を呼び「フットルース」などでおなじみのケニー・ロギンスと共作した「ホワット・ア・フール・ビリーブス」が79年全米1位となる大ヒット。翌年にはグラミー賞を獲得する。


「ホワット・ア・フール・ビリーブス(What a Fool Believes)」






ファーストアルバム「思慕(ワン・ウェイ・ハート)」画像



ソロ活動

1981年からドゥービー・ブラザーズは活動休止状態となり82年にソロアルバム「思慕(ワン・ウェイ・ハート)」をリリース。 「アイ・キープ・フォーゲッティン」が全米4位のヒット。83年にはジェームスイングラムとデュエットした「歓喜の調べ」で再びグラミー賞を獲得してソロでも成功を収める。85年セカンドアルバム「ノー・ルッキン・バック」をリリース
するもファーストシングルのタイトル曲は34位とふるわず、アルバムチャートも45位とマーケット的には失敗に終わる。




個人的に一番好きな曲「アワ・ラヴ(OUR LOVE)」
セカンドアルバム「ノー・ルッキン・バック」収録曲






「歓喜の調べ(Yah Mo B There)」

MTV全盛時代マイケル・マクドナルドが「演技」している貴重な映像^^;ヒットチャートでは19位止まりだったがグラミー獲得




最大のヒット曲

1986年には巨匠バート・バカラック、キャロル・ベイヤー・セイガー夫妻の作詞、作曲によりパティ・ラベルとデュエットした「オン・マイ・オウン」が6週間全米1位、映画「ランニング・スケアード」に提供した「スゥイート・フリーダム」が7位となりあらためて存在感を示す。

最大のヒットとなった「オン・マイ・オウン(On My Own)」



デュエット、ゲストボーカルに引っぱりだこ

ソロ活動になって彼単独でのヒットと呼べるものはファーストアルバムからシングルになった「アイ・キープ・フォー・ゲッティン」や">「スゥイート・フリーダム」ぐらいしかないのだが、それにも拘わらずデュエットやアルバムへのゲスト・コーラス要請が多かった。ジェームス・イングラム、パティー・ラベルとの大ヒット。クリストファー・クロス、TOTO、ケニー・ロギンス、オリビア・ニュートン・ジョン他多くのアルバムにゲスト・コーラスとして参加。時には主役を食うほどの存在感を放つ独特の歌声は魅力的であった。



1986年リリースされたTOTOのアルバム「ファーレンハイト」の第一弾シングル「アイル・ビー・オーバー・ユー」にゲスト・コーラスとして参加。コーラス部分だけではあるが強烈な存在感があった。特にPVでは彼が主役だったと個人的には感じている。

TOTO「アイル・ビー・オーバー・ユー(I'll be Over You)」

2分18秒あたりから出演しているだけだがTOTOのメンバーより存在感があると感じてしまう・・・




積極的な音楽活動

画像2000年以降もモータウンレコードのヒット曲カヴァー集をリリースしたり、スティーリー・ダンとの全米40都市ツアーを行うなど積極的に音楽活動を続けている。最近の写真を見てケニー・ロジャースに似てきたと思うのは自分だけか^^;

マイケル・マクドナルド・・・たったワンコーラスを歌うだけで強烈な存在感を見せつける。自分にとって彼は声の魔術師である。


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